背中を向けていつも寝る妻の行動にイラっとします

就寝時、妻が先に寝室に行くことが多いのですが、必ず自分の寝る方に背中を向けて寝て(?)います。尋ねると「たまたまその向きになってただけよ」と言います。しかし、ほぼ必ず自分の寝るサイドの方に背中を向けています。たまに一緒にベッドに入るタイミングがあっても、妻はやはり背中を向けて就寝しはじめようとします。そのことを尋ねると、今度は「体の向きがこっち向きの方が落ち着いてよく眠れるの」と言って、背中を向けたまま寝ようとします。自分としては、「口臭が臭いのか?」「いびきでもうるさいからなのか?」と自問自答してみましたが、明確な答えは出ずに悶々としてしまいます。ただ、要は「あなたのことが嫌いなの」という、意思表示なのではないかと思いましたが、やはり妻は認めません。「嫌いなの?」と聞いて、「嫌いなの」と答えれば、決定的な何かが壊れることになりますから、妻が言うわけがないとは思いますが、背中を向ける妻の姿を見るたびに「俺のことが嫌いなんだよな」と思ってしまっています。これが、今後、寝る寝室が2つになってばらばらに寝る家庭内別居、住む家もバラバラになる別居、最後には離婚、という風に進んでいくんだろうなぁと考えさせられます。「嫌いなの?」と尋ねて、「嫌いではない」と答える妻の言葉と態度(背中を向けて寝る)がずれていることがやっぱりイラっとさせられます。いっそ「嫌いです」と答えてくれた方がこちらもすっきりして、解決への手立てをたがいに相談し合うことができるのかもしれませんが、それはあり得ないでしょうね。解決方法がないこの状況にイライラさせられているというのでしょうか。仕方がないですね、はい。わたしのきまりを買ってみました!

私にとっては長い長い昼休みでした

私は中学1年生の3学期に引越にともない、転校しました。転校前の中学では、小学校からの一番の親友やずっと好きだった男子と同じクラスになれて、クラス全体もとても仲が良く、生徒会役員も務めていて、最高の中学校生活を送っていました。なので、転校が決まった時は毎日家で泣き叫び、家族にあたり散らしていました。
そんな状態で、新しい学校に行ったため、毎日前の学校と比べてばかりしていました。実際、前の学校とはかなり雰囲気が違い、前の学校ではみんなが大きな声を出していた、国語の音読も音楽の合唱も、誰も声を出さないことに愕然としました。「こんなところ嫌だ、前の学校がよかった」という態度でいたので当然ですが、仲間外れにされたり、陰口を言われたりしていました。昼休みは全員が教室から出なければいけなかったその学校で、校舎の隅の階段の下や柱の陰など誰もこない場所を探して、息をひそめて昼休みの終わりのチャイムを待っていました。
でも、そんな時に、他の友達に接するのと同じように接してくれる子が現れて、少しずつ昼休みに一緒に過ごすことができるようになっていきました。その友達には本当に感謝していて、今も年に一度位は会ったりしています。
今だったら、新しい学校でもそれなりに合わせてそこまで嫌われないようにやっていくのに、と、あまりに幼かった自分が嫌になりますが、完全に孤立してしまったことで、心の優しいすばらしい友達を得られることができたので、私の大切な学生時代の思い出のひとつとなっています。コドミンって効果ある?

上司に対してイラッとした出来事

ソーシャルゲームのプランナーの役割を担っていた際の出来事です。
上司は私の1年後に入社しましたが、プランナー経験が豊富であることから私の上司という立ち位置で、上司は主に売上を管理しながら運営スケジュールの考案を主に担当、私はイベント企画の考案を主な担当として分担作業をしていました。
そんなある日、上司から売上が下がってきているので、売上向上の為の良いアイデアを出せと社長から指示が出た。自分は思いつかないので何か考えて欲しいとの相談がありましたので、私なりのアイデアを提案しました。
その数日後、社長と上司、私の3人で売上向上についての会議を行う事になり、その際に社長から売上向上のアイデア考案を上司だけが行っており、私が全く考えていないという事を怒られました。
今回以外にも売上向上に関するアイデアについての相談毎は過去にも何度か受け、その度にアイデアを提案していましたので、私は正直何故そんな事を言われないといけないのか分かりませんでした。
そのまま社長の話を聞いていると、今まで私が提案したアイデアは上司自らが考案したアイデアとして社長に報告されていた事というが発覚しました。
その事を理解した私は、上司に対して怒りを覚え、社長に今回のアイデアを含め今までのアイデアは全て私が考えて上司に提案したものである事を伝えました。
社長は私の話を聞いた後、上司に対して私の言っている事は本当かと尋ねると、報告の際に私が考えたという事を伝え忘れていたかもしれないといった言い訳をはじめました。
その様子を見て怒りが増しそうになりましたが、社長から上司に対して今後は自分の考案のように報告することはやめる様に注意してくれたので、私も怒りを収め会議は終了となりましたが、上司に対して非常にイラッとした出来後でした。女性ホルモンを増やす方法とおすすめサプリメント比較

私の初めての彼女は今でも忘れられません

わたしは恋には億劫で旦那の人も苦手なので、21才まで恋人がいたことがありませんでした。
専用勉強を卒業して世間人になってから、ミュージック働きを続けながらデイリー働いていたのですが、学生時代の親友に踊りの式事に誘われて、そこで彼氏に会いました。
彼氏は私の学生時代の親友の地元の親友で踊りは未トライだったのですが、してみたい!とずっと思っていたらしく一緒に式事に参加することになりました。
大人数でわいわいやる内に仲良くなり、式事が終わって打ち上げをやる帰りに酔った勢いで方法を繋いだりしていました。
それからデイリー連絡を取るようになり、いろいろ相談も聞いてもらったりして日に日に差異が縮まり、2人で遊びに行く心づもりを立てて、もう双方両心持ちということは明らかだったのですが、彼氏が会ったらダイレクト言いたい。と言いわたしは待っていたのですが、遊びに行くまでに2週ほどあったので、その間も連絡していて辛抱出来なくなった彼氏が電話で告白してくれて付き合うようになりました。

初めて行ったデートは水族館で、わたしは初めての恋人と、大好きな水族館と生じるんるんでした。
他にもDVDや、アベックが出向くようなデートスポットや、泊まりでヘルスケア旅なども行ったりすごい楽しい日々を送っていました。

ですがだんだん、彼氏の制限がつらいと思うようになってしまいました。
職の親友とカラオケに行ったり食べ物に行ったりすると機嫌が悪くなります。
自分がされたらどうおもうの?と聞かれ、別に良いよ。とも言えず…
だんだんと差異が開いていきました。
更には、巡り合う重要が踊りだったということもあり、わたしは会う前からミュージック働きをしていたのに、クライアントと逢うのもお断りと言われ、短く息子を作ってミュージックなんて辞めればいいのに。と言われてしまいました。
こういう人は私の空想を応援してくれない、こういう人とは次世代が見られない。と思って別れてしまいました。
楽しかった日記もいっぱいありますが、最後は結構酷かったので、その時のことをちゃんと噛み締めて次の恋に向けていきたいと思った見聞きでした。